八丁味噌を愛した著名人

つちやみつはる
土屋光春

1848年(嘉永元年)~ 1920年(大正9年)
岡崎藩士出身。男爵。陸軍大将。岡崎市名誉市民。

1869年(明治2年)に最後の岡崎藩主本多忠直が藩校(允文館・允武館)を設置しました。允文館は学問を、允武館は武芸を教えました。本多忠直に仕えた土屋光春は、役人としてこれに関わりました。材木町に「岡崎藩校允文、允武館跡」の石碑が建立されています。

日清・日露戦争では戦功により男爵を授けられ、陸軍大将に昇進しました。

1915年(大正4年)に「徳川家康、本多忠勝両公三百年祭」が岡崎市で盛大に開催されました。土屋光春は祭典総長を務めました。なお、祭主は本多忠敬、祭典副総長は志賀重昂、小柳津要人が務めました。

1901年(明治34年)に本多忠敬は東京遊学の若者のために本郷区森川町の旧藩邸に学生寮舎の「三河郷友会」を設置し援助をしました(後に文京区小石川へ移転)。晩年、土屋光春は「三河郷友会」会長として活躍し郷土の人材育成に力を注ぎました。

当社史料室には、大正時代の土屋光春からのハガキをはじめ、「徳川家康・本多忠勝両公三百年祭」「允武会」「三河郷友会」の関係史料が残されています。

本多忠敬、志賀重昂、小柳津要人について詳しくは「カクキューの八丁味噌を愛した著名人」の「本多忠敬」、「志賀重昂」「小柳津要人」をご覧ください。

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