カクキューの八丁味噌を愛した著名人

みはらこうたろう
三原好太郎

生年月日不詳(明治~昭和)
愛知県安城市出身
合資会社八丁味噌カクキューの本社屋設計、監督者
1921年(大正10年)に「支那語獨修:新編」を出版

本社事務所(本社屋)の経歴
1990年(平成2年)岡崎市都市景観環境賞
1996年(平成8年)愛知県初となる国の登録有形文化財
2009年(平成21年)近代化産業遺産に認定
2014年(平成26年)岡崎市景観重要建造物に指定

1927年(昭和2年)11月23日、新しい「本社事務所(本社屋)」での業務がスタートしました。 人目をひく斬新なデザインでバシリカ式教会堂のような木造の2つの棟に白い柱型と黒い壁面で構成された外観となっています。 建物内は広くて天井が高くなっています。 1923年(大正12年)の関東大震災が念頭にあったため、中心となる柱の土台は石でしっかり固められた丈夫な作りとなっていて、瓦は使用していません。
南側一階建部分が事務の中心部で、北側二階建部分一階は応接室などがあります。 二階部分は和室や広い洋間があり、かつて社交場としても活用され、スウェーデン教会の日曜学校にも使用されていました。玄関を入ったところにあるカウンターには天秤などで味噌の量り売りをしていた頃の名残が今もあります。

1889年(明治22年)旧岡崎藩主本多忠敬は東京都本郷森川町の藩邸に岡崎から東京に出て学問をする者の為に寄宿舎「龍城館」を造りました。志賀重昂(地理学者)が監督指導を務め、舎生に三原好太郎、本多敏樹(岡崎第二代市長)、橋本増治郎(ダットサン製造)らがいました。

当社史料室には昭和時代に三原好太郎に味噌をお送りした記録が残っています。

本多忠敬志賀重昂橋本増治郎について詳しくは当社webサイト「八丁味噌を愛した著名人」の該当項目をご覧ください。

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