カクキューの八丁味噌を愛した著名人

なかねこまじゅうろう
中根駒十郎

1882年(明治15年)~1964年(昭和39年)。
愛知県岡崎市出身。編集者。新潮社総支配人。

小学校卒業後、14歳の時に姉・龍子と上京し、秀英舎(現・大日本印刷)の文選工として勤めるなどいくつかの職を経験しました。
龍子は秀英舎の同僚であった佐藤義亮と結婚し、佐藤義亮は新潮社の前身である新声社を創業しました。駒十郎は18歳で同社に入社し姉夫婦を助け、「新潮社の大番頭」と呼ばれ生涯を尽くしました。

編集主幹時代に島崎藤村、夏目漱石、芥川龍之介、菊池寛、山本有三らと出会い、親交を重ねました。

奉公に出された岡崎市出身の子どもたちを会社で受け入れたり、弓道が得意な駒十郎は自宅に道場を設けて子弟を指導しました。

1928年(昭和3年)には御大典記念に故郷の岡崎市東牧内町の大神社に狛犬の石造一対を寄進しました。

1939年(昭和14年)発行の「三河知名人士録」には「日本出版界を牛耳って居る」と評されました。

1960年(昭和35年)に本人の回顧録「駒十郎随聞」を図書新聞に連載しました。

当社史料室には明治時代にお客様の御用命により中根駒十郎宛に味噌をお送りした注文帳が残っています。宛先は東京都牛込区。
晩酌では燗酒を好み、八丁味噌を固めて焼いたものをいつも酒のさかなにされていたそうです。

菊池寛、山本有三について詳しくは「カクキューの八丁味噌を愛した著名人」の「菊池寛」「山本有三」をご覧ください。

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