八丁味噌を愛した著名人

しばたけんせい
柴田顕正

1873年(明治6年)~1940年(昭和15年)
愛知県岡崎市出身。教育者。文化人。
代表作「岡崎市史」「徳川家康と其周囲」。
岡崎市名誉市民。岡崎市功労者。

愛知県岡崎市の徳川家康公ゆかりの伊賀八幡宮宮司・柴田顕光(歌人)の長男として誕生。中学校教師を勤めるかたわら、郷土の歴史に関心をもち、1918年(大正7年)千賀又市(初代岡崎市長)を会長に、旧岡崎藩士らと「汲古会」を結成し、編集主任となり史料収集に努めました。

1919年(大正8年)2代目岡崎市立図書館長就任。

1921年(大正10年)岡崎市より市史編纂の仕事を依頼され「岡崎市史」全8巻と、別巻「徳川家康と其周囲」全3巻を1935年(昭和10年)に完成し、全国的にも高い評価を得ました。「徳川家康と其周囲」は山岡荘八の代表作「徳川家康」の資料となった事でも有名です。
なお、柴田顕正が最も心血を注いだといわれる「人物篇」全3巻の原稿は、刊行前に1945年(昭和20年)の岡崎空襲で焼失してしまい大変惜しまれています。

岡崎公園内に1933年(昭和8年)に岡崎市義勇火防団が建立した「東照公産湯井の碑」の撰は柴田顕正、書は岡田撫琴です。

岡崎市十王町の西本願寺三河別院に1931年(昭和6年)に岡崎納札会が建立した「浄瑠璃姫観月遺跡」があり、「納札塚」の揮毫は柴田顕正によるものです。

当社史料室には大正時代から昭和時代の「柴田顕正」から頂いたハガキや汲古会の資料が残っています。

「山岡荘八」「岡田撫琴」については「カクキューの八丁味噌を愛した著名人」の「山岡荘八」「岡田撫琴」をご覧ください。

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