八丁味噌を愛した著名人

はせがわしん
長谷川伸

1884年(明治17年)~1963年(昭和38年)
神奈川県出身。小説家。劇作家。

実家の破産・小学校中退・一家離散などを体験したのち、新聞記者を経て作家デビューし、多くの作品を残しました。「沓掛時次郎」「関の弥太っぺ」「一本刀土俵入」や、4歳の時に母と生き別れた体験を元にした代表作「瞼の母」(※)などを発表し、股旅物の創始者といわれました。
(※)長谷川伸は「瞼の母」を発表した3年後に、生き別れた母と実に47年ぶりの再会をはたしました。当時の新聞では、小説以上に奇遇であると大々的に報道されました。中山道番場宿の蓮華寺には「瞼の母」の主人公の忠太郎にちなんで忠太郎地蔵尊が奉られています。

「荒木又右衛門」「日本捕虜志」などを発表し、敵討ち・捕虜志の研究をライフワークとしました。大衆文学の新人育成にあたり、山岡荘八、池波正太郎、村上元三、平岩弓枝らを輩出しました。遺志により1966年(昭和41年)には長谷川伸賞が設立されました。

当社史料室には昭和時代にお客様の御用命により長谷川伸の自宅宛に味噌をお送りした記録が残っています。自宅は東京都品川区。

「山岡荘八」について詳しくは「カクキューの八丁味噌を愛した著名人~山岡荘八~」をご覧ください。

※写真右上の「中山道番場宿ぶらり旅」パンフレットは、米原市地域創造支援事業の助成金により作成されており、 御希望の方はお一人様100円の協力金が必要です。(詳細は「番場の歴史を知り明日を考える会」までお問合せください)

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