八丁味噌を愛した著名人

おおこうちまさとし
大河内正敏

1878年(明治11年)~1952年(昭和27年)
東京都出身。子爵。物理学者。実業家(理研の総師)。貴族院議員。

旧上総大多喜藩主の大河内正質の長男に生まれました。江戸時代前期に活躍し「知恵伊豆」と称された老中松平伊豆守信綱の子孫です。孫の河内桃子さんは女優として活躍され、御主人は今治松平家の子孫です。

1921年(大正10年)理化学研究所(理研)の3代目所長に登用された。「科学者の自由な楽園」と呼ばれる程、自由な環境に整え、科学研究と工業を結び付けた先駆者です。
世界的な科学者として文化勲章を受章した鈴木梅太郎、長岡半太郎、本多光太郎は理研の「三大郎」と称されました。

当代きっての食通といわれ料理の腕も玄人はだしで数多く残した著書の中に「味覚」があります。

当社史料室には、昭和時代にお客様の御用命により自宅宛に味噌をお送りした記録が残っています。自宅は東京都台東区。

「本多光太郎」について詳しくは「カクキュー八丁味噌を愛した著名人~本多光太郎~」をご覧ください。

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