カクキューの八丁味噌を愛した著名人

ごとうたけお
後藤狂夫

1868年(明治元年)~ 没年不詳
愛知県出身
志賀重昂(愛知県岡崎市出身 世界的地理学者)の秘書。
雑誌編集者。

1868年(明治元年)挙母藩士の川村森朝の四男として挙母七州城内(愛知県豊田市)で誕生しました。 のちに挙母藩重臣 後藤 息の養嗣子となります。 明治20年代に上京し志賀重昂の秘書を40年余り務めました。 雑誌編集者としても活躍し、志賀重昂や岡崎市の歴史を知る上での貴重な記録を残しています。

〔後藤狂夫の著書〕
1899年(明治32年)「警察協会雑誌」

1921年(大正10年)「三河郷友会東京支部報告・第11回」
後藤狂夫寄稿文・写真・会員名簿が紹介されている。 雑誌の印刷所「警眼社」で後藤狂夫は編集部長を務めており、1930年(昭和5年)カクキュー当主 早川久右衛門宛に三河郷友会監督であった後藤狂夫と舎生からの年賀状が残されています。

1931年(昭和6年)「我郷土の産める世界的先覚者 志賀重昂先生」
40年余り志賀重昂の秘書を務めた後藤狂夫の日記やメモによる、貴重な著書です。

当社史料室には、昭和時代に後藤狂夫へ味噌をお送りした記録や年賀状が残っています。

志賀重昂について詳しくは、当社webサイト「八丁味噌を愛した著名人」の該当項目をご覧ください。

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