八丁味噌を愛した著名人

ふじたつぐはる
藤田嗣治

~ 藤田 嗣治(レオナール・フジタ) ~

1886年(明治19年)~1968年(昭和43年)
東京都出身。洋画家。

20代で渡仏しピカソやモディリアニ等パリの画家と交流し、「乳白色の肌」で知られる裸婦像でパリ画壇の寵児となりました。

第2次大戦に伴い帰国。従軍して「アッツ島玉砕」等多くの戦争記録画を描きましたが、責めを負うように戦後日本を離れました。

その後、フランス国籍を得てカトリックの洗礼を受けレオナール・フジタとなりました。晩年フランスのランス市に礼拝堂を建設。ここに藤田夫婦が眠っています。

当社史料室には昭和20年代にお客様の御用命により味噌をお送りした記録が残っています。宛先には「パリ市 早く」と記入されています。

近年海外では日本食材が注目されるようになっており、フランスの食材店でも徐々に八丁味噌を購入することができるようになってきています。

当社商品が本格的に海外に輸出されるようになったのは昭和43年(1968年)にアメリカの自然食品専門店からの要請にもとづきアメリカに輸出を開始したのが始まりですが、それから遡ること57年前の明治44年(1911年)にドイツ帝国ドレスデン市で開催された万国衛生博覧会に八丁味噌を出品しました。1ヶ月余にわたる長い航海。しかも途中赤道直下のインド洋を幾日も通らなくてはならなかったものの、品質に何の異常もみられなかったことから高い評価を得て記念牌を頂きました。

右側資料:豊田市美術館『開館20周年記念コレクション展Ⅱ時と意識-日付絵画とコレクション』パンフレット

ドレスデン万国博覧会(1911年)理事会より当社に贈られた記念牌

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