カクキューの八丁味噌を愛した著名人

にわまさなが
丹羽正長

1864年(文久3年)~ 1931年(昭和6年)
岐阜県出身。書家。号は海鶴(かいかく)。

明治から大正にかけて活躍した書家で、書風は海鶴流と称されて書道教育界に影響力を持ちました。
習字教科書の改革に尽力され、近代書道教育の発展に貢献しました。

日下部鳴鶴に師事し、文化功労者の鈴木翠軒など多くの門弟を輩出しました。

丹羽正長の生誕地の岐阜県中津川市田瀬には丹羽海鶴顕彰碑が建立されました。

当社史料室には大正時代に丹羽正長からいただいた礼状や、昭和時代にご本人およびお客様の御用命により丹羽正長宛に何度も味噌をお送りした記録が残っています。
また、丹羽正長書の「去華就實」の扁額が残っており、落款は晩年に使用した「海寉」を使用しています。

なお、当社史料室にはお客様の御用命により鈴木翠軒に味噌をお送りした記録も残っています。
鈴木翠軒も当社の八丁味噌の愛好家で、日本老舗百店会の冊子『日本の老舗 25号』(昭和42年12月号)で当社の元総務部長金子清が「鈴木翠軒先生は、旅行へ出られる時も絶えずうちの味噌を携行して行かれて、それを旅館へ渡して御自らの食べるミソ汁を造らせる、という凝りようでした」と語っています。

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