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史料館

史料館 昔の仕込み風景

伝統的な味噌造りの方法を目に見える形で後世に伝えたい…。

 当社には言い伝えとして「世襲経営者・早川家の先祖は今川義元の臣下でその子孫が額田郡八町村(現在の岡崎市八帖町)に住み着いて味噌屋を始めた」という話があります。ですが、江戸時代の味噌屋の経営状態を知ることができる史料の存在については、昭和53年末に新編岡崎市史編さんのための専門家による調査が始まるまでは分かっていませんでした。

 昭和62年3月、岡崎地方史研究会研究紀要15号に市史編さん事務局長・岩月栄治氏の「八丁味噌の研究概要」が発表されるなどして史料の模様が分かってくると社内に「これなら史料館を建設して広報活動ができる」とという機運が高まり、昭和62年10月31日付の中日新聞には史料館計画の記事が掲載されました。

 史料館は当社の考えを基に、明治40年建築の味噌蔵を改造し、内部は松坂屋がデザインして平成3年12月1日にオープン、人形7体で昔の味噌造りが分かりやすく展示されています。ほかに、宮内省御用達関係などの史料も展示してあり、工場見学と併せて小学生から高齢者までの関心を引く内容で大勢の見学者の方々が来館されています。今では外国人の方の見学も珍しいことではなく、マスコミの取材もしばしば行われています。

 また、史料館(本社・蔵)の建物は当社の本社事務所とともに、平成8年12月20日に国の登録文化財となりました。


旧味噌蔵外観 旧味噌蔵外観 旧味噌蔵外観
明治40年に建てられ、今は史料館になっている旧味噌蔵外観。
創業当時からの貴重な資料が保存されている


史料館内部 昔の看板
昔の看板
創業6百余年とあるが、一時期当社は創業を室町時代と定めた時期があった。
しかし現存する資料から考えるに室町時代説には無理があると
現在の正保2年(1645)に創業したという説に改めた。


社屋完成予想図
昭和2年。建設前に描かれた社屋完成予想図。
斬新なデザインとモダンな色使いは、当時も大きな話題になったといわれる。


昔の店風景
昔の店風景を再現
正面に結界があり、その奥で番頭が大福帳をつけている


昔の仕込み風景 昔の仕込み風景
昔の仕込み風景、道具
当時の蒸し釜、仕込み桶などが展示されています。


昔のラベル 昔のラベル
昔のラベルデザイン
豊臣秀吉が矢作橋の上で当蔵から盗んだ筵にくるまり寝ている所で武家と知り合い、
それを機会に出世したという言い伝えがある


資料 資料
明治40年天皇陛下へ献上された時の資料


衣装
江戸時代岡崎城へ登城する際、当社当主が着た衣装

史料館内部